ボランティア4回目

今日も朝倉へ。
受付け開始時刻に間に合うように早めに家を出たところで、
自治会の役員さんと会い、「どこへ?」「ボランティアで朝倉へ」ムムム・・・
早く出発したかったけれど、説明⇒質問の繰り返しで15分出発が遅れる。
9時に到着したときは前日をはるかにしのぐの長蛇の列。その数多分300名~
高校、あるいは中学の運動部のメンバーだろう、ユニフォーム姿で参加していた。
今日もやはり「二回目以降の方はこちらへ」という案内でマッチングコーナーへ。
そしてバス2便に分かれて乗車。30分で杷木へ。杷木はさらに悲惨な状況だった。
水源がやられて水道は使えない。水が使えないというのは本当に困る。
腰位の高さまで汚泥が詰まっている倉庫があちこちにある。
杷木インターから筑後川の間の家屋に被害が多い。
「家はもう解体する」と言う声も聞かれた。
河原には流木の山。道路や空き地は汚泥の山、ゴミの山、土ほこりが舞う。
作業をする場所が朝倉のボランティアセンターから遠いこともあり、
戻る時間を考慮して我々の作業は13時過ぎには終了。
作業時間は実質2時間半(休憩含む)。杷木の社協で帰りのバスを待つ。
3便4便(?)のボランティアさんが乗ってきたバスに乗り込み、帰還。
ボランティアの数が多くなると、バスの手配が難しくなる。
作業のマッチングも難しいが、人の移動が加わるとさらに複雑になる。
経験豊かな人(自治体スタッフ・ボランティア)が各地から集まり、朝倉を支えている。


帰りのバスから、警察の人が河原を捜索する姿が見えた。
行方不明者の捜索だろう。


南島原市からの応援があった。災害支援ボランティアバスで駆け付けた人は約20名。
7/15~17の三日間活動するらしい。島原はあの雲仙普賢岳の噴火の際は日本中から応援が駆けつけていた。